65 不吉な胸部不快感の謎を解く~不整脈って治るんですか? 【解決編】
~的確な治療法に出会うために、しっかりした診断を受けよう~
24時間心電図検査の結果、Wさんの脈の乱れは、心室性期外収縮という不整脈だということがわかった。
心臓が拍動するには、心臓の筋肉が一定のリズムで縮まなければならない。その心筋の収縮は電気刺激で起こるのだが、電気刺激のタイミングが悪いと、空打ちの状態が起きてしまう。つまり、拍動が飛ぶのである。
T循環器医の説明では、誰もが一日に10万回ほどの心拍があるのだが、そのうち1万回以上期外収縮が起きると、治療の対象になるということだった。
Wさんの場合、不整脈は1日に3千回。結論は、放置しておいても心配ないという訳なのである。
「ホームズ君。心室性期外収縮という不整脈は、一日に何千回と起きても治療しなくていいんだね」
「ああ、ワトソン君。Wさんのように、不整脈の原因が『心室性期外収縮』と、はっきり解っている場合はね」
「というと、すぐに治療を受けなければならない不整脈もあるということなんだね」
「その通り。危険なのは、脈が飛ぶといっても全く規則性がない不整脈。心房細動がその代表選手だ」
「心房細動?」
「以前は細菌性の弁膜症をきっかけに起きることが多かった。元巨人軍監督長嶋さん、元首相小渕さん、元サッカー日本代表チーム監督イビチャ・オシムさんといった有名な人たちが、脳卒中を起こした原因は心房細動なんだ」
「へえー。心臓の不整脈が脳卒中を起こすんだ。その理由は何なんだろう」
「うん、ワトソン君。なぜかというとね、心房細動という極めて不規則な不整脈が長期間に渡って続いていると、心臓の中の血液の流れが滞る所ができる。その乱流の中で、血液の塊がたくさんできてしまうんだ。さらに、その血液の塊が流れて、脳の細い血管を詰めてしまうという訳なんだ」
「一つ一つは遠い所に起きているのに、心臓の病気が、脳卒中の原因になるんだね。不整脈→血液の乱流→心臓内で血栓が作られる→脳血管を詰める、という関係なんだ。フーン」
とにかく、Wさんは経過観察でよいことになった。しかし、それから半年間というもの、Wさんにとっては不幸にも脈の乱れは改善せず、少しずつ悪化していったのである。
予期せぬ時に、突然胸の奥深くで「ズンッ」と空回りがするような、妙な感じが起きる。それでWさんは、脈を手首のところでとって確かめてみると、10数回に1回くらい心拍がないことが解るのだった。
そして、それが13回に1回とか、7回に1回とか、2回に1回脈が飛び続けていると、それだけで心臓の働きが低下して、めまいや立ちくらみが起きるのではないかとも思ったそうだが、そうしたことはなく不思議な気がした、とWさんは言っていた。
春先のまだ空気が肌寒く感じられるある朝、Wさんはホームズ君を訪ねて来た。気持が不安になるその不整脈の治療を求めてのことであった。
ホームズ君はWさんの話をゆっくり時間をとって聞くと、K総合病院循環器内科・H先生へ紹介状をしたためた。長い経過の心室性期外収縮で、最近は3回に1度、2回に1度と、その頻度が増しているということをつけ加えた。
数日後、H先生からの返事が郵送されてきた。
「確かに心室性期外収縮が頻発しています。心臓エコーの検査では、弁膜の逆流がわずかにありますが、心臓の周囲に液が溜まっていることもなく、心臓そのものは不整脈以外問題がありません。不整脈治療薬の服用で、改善すると思います」と書かれていた。
すでにWさんは、H先生から処方された不整脈治療薬を服用し始めたようだった。
そして数日後、ホームズ君を訪ねて来たWさんは、晴れ晴れとした表情で「ありがとうございました。あの長かった不整脈がすっかり治りました。知り合いの一人が不整脈で、心臓に管を入れて電気凝固という治療を受けたという話を聞いていたので、すごく心配していたんです」と話してくれた。
「ホームズ君、良かったね。飲み薬でWさんの不整脈が治って」
「不整脈は、多くの人が感じるいわばポピュラーな症状の一つなんだ。ワトソン君。しかし、その脈の不整がどういうタイプのものか、1日に何回出ているかをしっかり診断してもらうことが大切なんだよ。それによって対処法も治療法も変わってくるからね」
「ところで脈拍はどれくらいが正常なんだろう。ホームズ君」
「一分間の脈拍は人によって違うが、60から80くらいとされている。60より少なかったり100より多い場合は、精密検査を受けた上で、治療が必要になることも知っていた方がいいよ」
ますむら医院 院長・増村 道雄