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71 痛み…それは病気の始まりのサイン【解決編】

~原因不明の痛みを感じたら、すぐに受診しよう~

最近街を歩いていて思うのだが、都市空間の中では電子音が多い。切符を改札に通す時、自販機で品物を選んだ時、おつりが出る時、電車がホームに入ってきた時、歩道の信号が青になった時、機械がバーコードを読み取った時…。

様々な場面で、機械的な電子音が鳴る。注意喚起のため、警告のため、安全のため…。一つ一つは小さな音だが、様々な音に囲まれて生きているように感じる。

先日、小児の発達障害、学習障害の講演を聞いた。講師が言われるには、障害を起す子どもは比較的、低体重児に多いとのことだった。確かに、かつては生き延びることが非常に困難であった700g、800gの低体重児も周産期医療の進歩により、元気に成長することができるようになった。

しかし、生まれた時に脳の機能が不完全なため、その後の発育の中で追いついていくのが大変なのだそうだ。さらに、身体発育が十分でなく、集中治療室で生命維持のための治療を長期間受けざるを得ない。その集中治療室では、心拍モニター、点滴モニター、呼吸モニターの電子音が鳴り響いている。それが朝から晩まで24時間止むことなく続く。

電子音による落ち着かない騒音の環境。それが脳の発達に影響を与えているのではないか、と言われた。

私見であるがと断っておられたが、事の真偽は別として確かに電子音の生体への影響は未知の領域であり、今まで注意を払って来られなかった分野でもある。

現在は、当たり前に考えられている環境の中の音。とりわけ集中治療室内の警告音は、いつか見直される日が来るのかもしれない。

さて本編へ入ってゆくことにしよう。

【Aさん 56才・男性の場合】

Aさんの腹部CTは意外なものであった。

肝臓の中に縁取りがボンヤリとした黒っぽい色の部分が見えた。さらにそれは、上方に伸びて横隔膜を越え、右肺を下から圧し上げ大きく胸腔内へ広がっていたのである。

「ホームズ君。これは何だい?」

「これは肝臓の腫瘍だね。胸の方へかなり大きく伸びている。咳や痰がなかったのは、肺の中に広がっているというより横隔膜を巻き込んで、肺を下から持ち上げているからだね」

「2ヶ月前からの食欲の低下や体重減少は、すべてこの腫瘍が原因と考えていいんだね」

「その通りだ。Aさんには気の毒な結果だが、長期間の飲酒の結果、肝臓癌ができたのだと思うよ」

「右脇腹の重い痛みの原因も、この腫瘍なのかい?」

「その通り。肝細胞には痛みを感じる知覚神経はない。しかし腫瘍で肝臓がパンパンに腫れていくと、肝臓を覆う被膜が引き伸ばされてゆく。その被膜には知覚神経があるから痛みが出てくるんだよ」

「アルコールが原因だとすると、やはり飲み過ぎには注意しないといけないね」

「そういうことだね、お互いに…。長い間に渡って飲み過ぎると、取り返しのつかないことになるからね」

Aさんには、住まいの近くのかかりつけ医院への紹介状をしたため、受診を勧めた。

腹部CTで病気の性質や広がりを一度に診断ができ、早い時期に専門医への橋渡しを可能にしたケースだった。

【Bさん 48才・男性の場合】

Bさんの頭部CTは幸い問題を認めなかった。脳梗塞も脳出血もなく、脳腫瘍も見つからなかったのである。

一方、心理テストの結果は48点。うつ病ではないが、不安神経症圏だった。

「仕事上、相当無理をしているのではないですか」とホームズ君はBさんに語りかけた。すると、その問いかけをきっかけにしたかのように、Bさんは延々と仕事の大変さを話し始めた。

実行力に富んだ上司が、ガンガン一方的に仕事を押しつけてくる。そのため部下の一人がうつ病になって休職した。人手不足のため家に仕事を持ち帰り、その結果2時に床に就いて5時に起きる生活になっている。家庭内でもうまくいかなくなって、最近は会話もない…。

Bさんが話し終えるまで、ゆうに10分間はかかっていた。

一昔前、企業戦士という言葉があった。仕事のために家庭を犠牲にするのが、美徳のように考えられていた時代。『職に殉ずる』のが『男子の本懐』などと言われていた。

「仕事の軋轢で身体を壊すという典型だったんだね、Bさんの場合は…」

「精神の疲労は、身体の痛みを引き起すんだよ」

「それは何故なんだ? ホームズ君」

「鍵は脳内物質『セロトニン』だ。過度のストレスでセロトニンが減少する。するとセロトニンの『痛み』を感じさせないようにする働きが弱くなり、普段は感じないような身体の痛みを激しい痛みとして感じるようになるんだよ」

長く続いたBさんの頭痛も、頭痛止めではなく少量の精神安定剤ですっかり良くなったのだった。

ますむら医院 院長・増村 道雄

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