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77 衰弱しきった老婦人を救え【解決編】

~独居者のために、地域の見守り力を持とう~

毎日の暑さの中、読者の皆さんは、いかがお過しでしょうか。お茶やお水をしっかり飲んで脱水症予防に心を配って下さい。

厳しいこの季節を乗り切っていきましょう。

さて、足もとも心許ないKさん。言葉も出せず、ボーッとした表情で応接室の肘かけ椅子に、へたりこむように座っている。付き添って来ている息子さんも、心配そうで表情も硬い。

息子さんに話を伺うと、独り住まいのお母さんを気遣って何度も様子を見に行っているのだが、かれこれもう10日間も食事を摂れていない。吐気が強くて水分さえも摂れないというのだった。

これは大事件だ。完全な脱水状態で、生命にも危険が迫っている。こういう場合は入院治療が大前提だ。口からは水分が摂れないのだから、点滴で水分を補給する。

すぐに点滴の準備をしながら、ホームズ診療所でできる限りの検査も並行して進めていった。胸部X線写真は異常なし。血液検査も直ちに行った。原因が判然としない場合は、どこの病院のどの科に紹介するのか決定できないからだ。

血圧は138/50。体温36.5度。その間にも、Kさんの異変の原因探しは続けられた。

しかし、結局これといった病気は見つからなかった。血液検査も異常がなかったのである。

「ホームズ君。Kさんは、吐気が続いて食事が摂れないと言っていたね。胃腸の病気で体調不良になっていたんだろうか」

考え込んでいるホームズ君に、ワトソン君が声をかけた。頬杖をつきながら、しばらく物思いにふけっていたホームズ君は「そうだね。胃腸の検査をすぐにA総合病院に依頼することにしよう。しかし……」

「しかし…って?」

「疑問は2つあるんだ。1つ目は目の前の症状。つまり、脱水があって吐気がある。簡単に胃腸の病気→吐気→脱水なのか、あるいは、胃腸は正常→脱水→吐気なのか、すぐには判断できないということ。それにもう一つ…」

「もう一つ…?」

「そうなんだ。2ヵ月前にKさんの介護保険利用の主治医意見書を、介護保険課に送ったよね」

「そうだったね。それがなにか…」

「この数ヵ月間、ケアマネージャーが決まり、介護サービスが始まる……その流れでKさんの日常生活は、市の介護係が把握していたはずなんだ。なのに、なぜか10日間も食事が摂れなかった。どうして医療機関に、Kさんの状態報告がされなかったのか……ということなんだよ」

「ホームズ君。そう言われてみると確かにそうだね。なぜ息子さんが連れて来るまで、何も食べずに我慢していたかということだよね」

「そう。いろいろ疑問はあるが、しかし今日のところは、とにかく総合病院に紹介状を書くことにしよう」

紹介状を息子さんに手渡し、Kさん親子をA総合病院に送り出すと、すぐにホームズ君は、市の「包括支援センター」に電話を入れた。Kさんの現状を支援センターに報告すると同時に、居宅サービス――つまり、専門員に家に出向いて援助をしてくれるようお願いしたのだった。

その後A病院では、胃内視鏡検査、腹部エコー検査、腹部CT検査、MRI検査と次々と原因究明の検査が行われた。

しかし結果的には、数日間の検査でも全くのところ、どれ一つとして異常は見つからなかったのである。

Kさんがホームズ診療所を訪ねてから1週間が経った頃、小規模多機能ホームから居宅サービス担当者がKさん宅に出向き、配食サービスを始めた。同時に、日常生活全般のケアをする係員が、毎日Kさんの面倒をみることになったのである。

Kさん親子にとって、これは大きな支援になった。1か月後には、昼間はホームに通所して食事を摂れるようになり、夕食は配食サービスを受けてその8割程まで食べられるようになったのである。今でもKさんは、ニコニコと笑顔でホームズ診療所を訪ねて来ている。

「ホームズ君、Kさんが健康を取り戻すことができて良かったね。息子さんが早期発見してくれたからね」

「そうなんだよ、ワトソン君。今回の事件の教訓はね、Kさんは、普通の食生活さえできていれば、こんなに衰弱することなく毎日を送れたということなんだ。

つまり、ごく軽い認知症を持って独り住まいをしている人たちを、誰かが常に責任を持ってみてくれていれば、脱水で生命が危険になる事態は予防できるということなんだ」

「大切なことだね。地域が見守るということは」

「そうだね。Kさんは元気だった時、自分で日常生活ができるからとサービスを断っていたことが後でわかった。しかし、例えそうだとしても、介護の専門職の人たちは、その後も顔を見に行ったり、様子を伺ったり、不断のケアを行うことが重要だと思うんだよ」

ますむら医院 院長・増村 道雄

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