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88「高血圧、不眠で悩む高齢者を救い出せ」【解決編】

~心の癒しが、身体を治す~

ホームズ君は、応接室のような構えの診察室で、可能な限りゆっくりと時間をかけて話を伺うようにしている。実は、問題の解決を求めて訪れる人々の多くは、「身体」の症状にがんじがらめになっていながら、その背後に潜む「心」の病に気づいていない。

ゆっくりと話を聞く中で、その人の「心」のあり方と、眼の前の「身体」の症状との関係をあぶり出す糸口を見つけるのだ。「心」の余分な緊張や不安を改善することを通して「身体」にゆとりをもたらす。心の癒しが、身体を治すことにつながるのである。

ところで「心」のあり方は人それぞれで、性格とか性質と考えてもいいのではないかと思う人も多いだろう。その通りなのだ。そもそも性格や性質は、変えることもできないのだし……。

ホームズ君が治療の対象になると考えているのは、その性格や性質の特性が「身体」の症状を引き起し、さらにその「身体」の症状が生活をする上で妨げになっている時だけなのだ。

「事件編」で登場して頂いているAさんの「血圧上昇」やBさんの「不眠」を治すのは、血圧下降剤や睡眠剤ではないのである。

さて前置きはこれくらいにして、いよいよ解決編に入ってゆこう。

【Aさん・75才男性の場合】

ホームズ君は、硬い表情のAさんにこう切り出した。

「Aさん、あなたは几帳面な性格とお見受けします。自宅の血圧記録の文字に、そうした傾向が見てとれます。良い性格ではあると思いますが、時に間違いを恐れて確かめることに力を入れ過ぎることはないですか? 体調が悪いと余計に確認に手間取って、生活のリズムが乱れることはないですか?」

するとその質問に、Aさんも奥さんも微笑みながら「そうです。その通りです」と声を揃えて答えた。

「過度の几帳面さは、実は物事に必要以上にこだわる心の動きを引き起すことがあります。こだわりは心の視野を狭くします。悪くすると柔軟さが失われ、融通がきかなくなるということになってしまいます」

「と、いうことは? ホームズ君。夜になると決まって高くなるAさんの高血圧も、その心の動きと関係があるっていう訳なのかい?」と、ワトソン君が間に割って入った。

「そうなんだよ。200を越える血圧の値を見れば、今すぐにでも脳出血が起きるのではないかと考えてしまうのは、普通だろうからね」

「確かに。不安感や恐怖感に毎晩のように襲われていたとしたら、大変だったでしょうね」

ワトソン君がAさんご夫婦に向かってそう尋ねると、二人はそれぞれにうなずき、目を合わせた。その瞬間、Aさんの身体の強張りが少し緩んだように見えた。

ホームズ君はAさんに、こだわり、確認癖を緩和する薬を服用して頂き、夜間急に血圧が上がった時には、速効性の精神安定剤を使ってみることを勧めた。

その日を境に、Aさんの血圧は安定を取り戻した。一週間後の血圧は140/70。夜間の不安感から解放されたAさんは、表情も和らぎ、付き添って来られる奥さんもゆとりある笑顔を取り戻されたのだった。

【Bさん・76才女性の場合】

Bさんの心理テストの結果は62点。うつ病圏であった。ホームズ君はBさんに向かって口を開いた。

「Bさん。多分あなたは、元々かなりの心配性のようですね」

どんな話が始まるのか、緊張気味の表情だったBさんは、その一言で少し気持ちが楽になったのか、「ハイ」と笑顔でうなずいた。

「それだけではなさそうです。Bさんは、大分悲観的に物を考えやすいようですね」

娘さんは「どうして解るのですか。その通りなんです」と答えた。

Bさん自身もその声に重ねるように「普段から自分のことよりも、他人の目、他人の自分への評価ばかり気にかかってしまうんです」と答えた。

そして「去年から手術をきっかけに、いろいろな身体の不調が次々と襲って来て落ち着かないんです。人の話もゆっくりと聞いていられない有様で、ほとほと困っているんです」と話を続けた。

「Bさん。それほどに切羽詰まった気持ちでいては、睡眠剤を飲んでいても眠れないでしょうね」

ホームズ君の言葉に、Bさん親子は改めて大きくうなずいている。

Bさんへの処方は軽い抗うつ剤。それも眠りに誘う作用も兼ね備えた薬だった。

「Bさん。これからは、ついて来てくれる娘さんに申し訳ないとばかり考えて自分を責める心が、少しずつ晴れてゆくと思いますよ。ゆっくりと眠れますからね」と、ホームズ君が治療の効果を説明した。

一週間後、再びホームズ事務所を訪ねて来たBさんの表情は、前回とうって変って穏やかだった。

「不思議に心配事が減ったんです。お陰でグッスリ眠れるようになりました。ホームズ先生が、治りますよと言ってくれたのでね」

満面の笑みを浮べ、Bさん親子は報告してくれたのだった。

「ホームズ君。性格や性質はそれぞれにあるとしても、体調が悪いと、なぜか考え方が悲観的な方向へ、一方的に傾いていってしまうんだね」

「そうなんだ。そうした時に、自分の性格の特性に気づき、考え方の歪みを少し矯正すると、随分生活が楽になるということなんだよ」

二人の会話は、今日も夜遅くまで続いていた。

ますむら医院 院長・増村 道雄

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