84 瞼が腫れる!? 垂れ下がる!? 原因不明の謎を解け!【事件編】
~激しい頭痛や発熱との関連を探り出す~
3月。気温はまだ低く風は肌に冷たいが、春の息づかいは聞こえてくる。
早朝の山歩きの間にも、鳥のさえずりが青空に響き渡っているのに気づく。あのさえずりはホオジロだろうか。
シジュウガラが木の枝に留まって朝の挨拶をしている。
鮮やかな黄緑色のフキノトウの蕾が2つ、3つ、肩を寄せ合って枯葉の間から顔を出している。
ビロードの肌ざわりを持つ芽をふいているのは、ネコヤナギだ。
みんな、春がしっかりと近くまで来ていることを感じさせてくれる。
さて今回の事件は、瞼(まぶた)の腫れである。
「目は心の窓」という。目はその人の心まで表現すると、ギリシャの哲学者プラトンは言っている。
プラトンを引張り出すまでもなく、目は物を視るという大事な働きをしている。その目が見えなくなったら、大変だ。
生活の不自由さや不便さは、経験している当人でなければわからないことだろう。
【Aさん21才・女子大生の場合】
Aさんは、大学のチア・リーダー部の張り切り部員。
持ち前の朗らかな性格で、部員を引っ張るムードメーカーである。
インターカレッジ、つまり大学対抗大会を目指し、チームは難易度でいうと高難度、ハイレベルな技の練習を何回も何回も繰り返していた。
もちろん、十分に安全への気を配っての練習だった。
しかし、どれだけ慎重に細心の注意を払っても、「はずみ」ということは起る。
突発的、偶発的な出来事は避けられないものである。
Aさんは、土台となっている2人のチームメートの肩に立っていた。が、うっかり足を滑らせた瞬間、「アッ!」という間もなく人間ピラミッドは崩れ、Aさんは4、5人の仲間と共に一瞬のうちに床に落下したのだった。
幸いマットの上に転落したので、足腰の打撲は避けられた。
しかし、思いがけないことが起きていた。
転落する間に、上から落ちて来たチームメートの靴なのか肘なのか、何か固い物で左眼が直撃されたのであった。
「痛い!!」
Aさんは大声で叫び、マットの上に横たわってしまった。
激しい痛みで動くことができなかったのである。
刺すような痛みは、左目の瞼、左目の奥、そして額から頭全体に拡がった。
その間にも瞼は腫れ上がり、目を開けることもできなくなったのである。
「目が見えない!」
Aさんの声に、チームメートは事の重大さに気がついた。
驚いた友人たちに支えられ、ようやく歩ける状態に回復したAさんは、そのままホームズ診療所に運びこまれたのだった。
さて、Aさんの腫れ上がった左眼の運命は?
視力は失われてしまうのだろうか?
【Bさん64才・鉄工所勤務の場合】
Bさんが異変に気づいたのは、インフルエンザの流行が報道され始めた、冬の初めのある日のことだった。
その日Bさんは、妙な寒気を感じて体温を測った。予感の通り38度。高熱と関係があるのかないのか、強い頭痛も辛かった。
翌日はなんとか会社には出たものの、集中力が落ちているためか仕事の能率は上がらなかった。
近くの内科医院を受診し、発熱と頭痛を治療することにして、仕事を早目に切り上げさせてもらったのだった。
さて、その日もホームズ診療所では、夜間の患者さんの治療をしていた。そこにBさんが、隣町のO先生からの紹介状を持って訪ねて来たのだった。
解熱剤が効いているのか、ホームズ診療所では体温は35.9度。
熱は下がっていたが、頭痛が続いているようだ。
ホームズ君とワトソン君は、額を寄せ合ってO先生からの紹介状を読み始めた。そこには、こうしたためられていたのである。
「いつもお世話になっております。一昨日からの頭痛、発熱のため受診。インフルエンザテスト陰性。右上眼瞼下垂。眼球運動障害なし。
顔面神経マヒ認めず。恐れ入りますが精査の程よろしくお願い申し上げます」
「ワトソン君。O先生の手紙には、いつも感心するんだ。
最小限の表現でしっかり病状を解説していて、無駄な言葉がない。
それでいて患者さんの状態を細かく観察している。
洞察力が素晴らしいんだよ」
「そうだね。簡潔明瞭の上、読み手が必要としていることはすべて網らされている。素晴らしいね」
「O先生に診てもらっている地域の人たちは、幸せだと思うよ」
「ところで、ホームズ君。つまり、Bさんは発熱と頭痛があるが、インフルエンザではない。右瞼が下がっているけれど、右の顔面全体がマヒしているわけではない。ということだね」
「そうなんだ。その上、眼球の運動も障害されていないということだ」
「ということは…。瞼が下がっている理由に、発熱や頭痛が関係あるかどうか、ということだね」
さて、Bさんの瞼が下がって来ている原因は何なのだろうか。
[解決編につづく]
ますむら医院 院長・増村 道雄